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通常展「日記の世界」、併設新収史料展「光行(勝彦)家文書」開催中

2025年4月9日

日記の世界1 (1).JPG日記の世界2.JPG

 柳川古文書館では開館以来、通常展と企画展とを開催してきました。通常展では、館蔵史料をもちいて、日常の学芸活動の中から得られた知見をもとに、史料そのものをどう考えるか、ということをテーマにしてきました。
 今回の通常展では、「日記」を取り上げます。「日記」とは、一般的には「個人や集団の体験を日時に沿って記録したもの」と定義されます。そうした意味からすると、「日記」という表題のものだけではなく、日誌や、メモ風のものに至るまで、様々なかたちがあることに気づかされます。
 わたくしたちは、そうした「日記」を、歴史をひも解いていくための材料として用いることができます。そして、日時に沿って記録されていることから、書き手の経験を追体験することもできます。書かれた時より後に生きているわたくしたちは、記述されている内容を吟味することができます。
 今回の展示では、江戸時代から明治・大正・昭和にいたる「日記」を紹介します。書き手の多様さ、そして書かれ方にいたるまで、その豊かなあり様をご覧いただき、当時の人びとの生き様を感じ取っていただけければ幸いです。

 併設・新収史料展「光行(勝彦)家文書」

 本史料群は、令和7(2025)年1月に光行勝彦氏(筑紫野市在住)から寄贈を受けた文書群です。また、本年4月にも追加で寄贈を受けました。
  勝彦氏は、柳河で刊行されていた『柳河新報』の編集兼発行人をつとめていた光行次雄氏の孫にあたります。『柳河新報』の創刊は明治36(1903)年9月10日で、昭和17(1942)年からは戦時統合のため発刊されておらず、昭和21年12月27日に復刊第一号が発行され、昭和53年まで刊行されました。なお、戦前も明確な時期は不明ですが、しばらく休刊していた期間もあったようです。
 戦後復刊された時の発行兼編集印刷人は光行照太氏で、同氏は光行次雄氏の兄の民雄氏の子供です。民雄氏と次雄氏の『柳河新報』における立場はいまところ史料的に明らかにできないため、この点については後考をまつほかありません。
 次雄氏は明治7年9月8日柳河藩剣道指南光行颿(はやめ)の次男として誕生しました。橘蔭学館(中学伝習館の前身)時代から雑誌の編集に携わり、大阪新報の地方通信や、福岡日日新聞の柳川通信部を担当しました。また、柳河銀行の嘱託として働いていた時期があり、その時の諸会社への訪問の記録も残されています。そうした仕事のかたわら柳河の教育・文化的事業を主宰しました。明治37年創立の柳河音楽隊や、同42年に開校した柳河訓盲院の創設にも支援を惜しみませんでした。北原白秋や藤村作をはじめとする柳河出身の文人との交流も知られています。昭和42年9月9日93歳で亡くなりました。
 本史料群で主要なものは、『柳河新報』の実物と、数点の写真アルバムです。『柳河新報』は発行年ごとにまとめられています。アルバムは次雄氏に関わるもので、書き込みがある写真については、誰の写真であるか特定が可能です。また、台紙付の大判写真があり、次雄氏が関わった団体のものと思われます。

会期

令和8年(2026)4月9日(木)~8月23日(日)

※併設・新収史料展「光行家史料」の会期は、4月9日(木)~6月14日(日)です。

会場

柳川古文書館(柳川市隅町71-2)入館無料

開館時間

9時30分から16時30分まで(入館は16時まで)

休館日

毎週月曜日(ただし、月曜が祝日の場合は、その翌日を休館とします)
*5月4日(月・祝)、5月5日(火・祝)、5月6日(水・祝)は開館し、5月7日(水)を休館。
*7月20日(月・祝)は開館し、7月21日(火)を休館。

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