立花いこいの森

更新日 2014年04月02日

 沖端川の畔に「立花いこいの森」と呼ばれる閑静な公園があります。今の風景からは想像もつきませんが、ここには当時としては珍しい農作物が何百種類も植えられていました。

 

 今の地名で言えば柳川市三橋町中山、この地はその昔全国的にも有名な農事試験場でした。その名を中山農事試験場と言います。またの名を試験場の運営者の名前を採って立花家農事試験場とも言いました。その運営者こそ旧柳河藩主立花家の14代当主寛治です。

 

 寛治は柳河藩最後の藩主鑑寛の次男として安政4年(1856)に生まれています。明治7年(1874)、父の隠居にともない僅か18才にして立花家の家督を継ぐことになりました。彼が当主となった時、もはや殿様の時代ではなく、旧藩主は「華族」と呼ばれる時代であり、彼らもまた明治新政府の一翼を担わなければなりませんでした。

 

 そのような時代の中で寛治が選んだ道は農業でした。古来より農業こそが国や民の礎であり、農事の改良こそが国家や人民の利益に繋がると考えたからです。そして明治13年(1880)に、当時の著名な老農の一人であった津田仙が開いた東京の学農社農学校に入塾し、農業の知識を深めようとします。

 

 ところが、それまで独学で農学を学んできた寛治にとって農学校の授業は退屈だったようです。また農学校で学理のみを深めることに対しても疑問も抱くようになりました。農業の改良進歩のためには、学理の探求とともに実践において成果を得る必要があることを強く感じたのです。

 

 そこで寛治は当時住んでいた東京の下谷(現在の上野)の邸に簡易な農場を設けます。しかしその農場の規模は彼を満足させるものではありませんでした。立花家の東京の敷地は植物の試験を行うには手狭すぎたのです。そのため農業の主要な課題ともなる稲の試作も出来ず、寛治の不満は募るばかりでした。そのため次第に彼は新たなる広大な土地を求めるようになります。

 

 ちょうどその頃、偶然にも親族の所有していた柳川の土地が立花家の手に渡りました。水源地に間近で、農業を行うには肥沃で広大な土地、寛治はその土地に希望を見出しました。そして明治19年(1886)、福岡県山門郡中山村(当時)に大規模な農事試験場を築くのです。

 

 寛治は終生、この試験場の運営に心血を注いでいます。自ら農作業道具を持って作物の手入れをするほどの熱の入れようでした。試験場に寛治を取材に訪ねた新聞記者が、側の畑で作業をしている者に道を尋ねたら、実はその人が寛治であった、というエピソードが残っているほどです。

 

 当時の試験場の広さを現在の立花いこいの森公園のそれと比較しますと、敷地の北東西については今と変わりありませんが、試験場の時代の方が南側に広がりを有しており、公園の1.5倍ほどの面積でした。試験場の中央には寛治がしばしば宿泊した別邸があり、南側には養蚕室が、そしてあたり一面には様々な農作物が植えられていました。

 

 これらの農作物の種苗は、寛治が知人を通じて日本全国は言うに及ばず、海外までからも取り寄せたものでした。そして集められた種苗は、柳川の地に適合するか否かをこの試験場で試されたのです。その成果は、試験場で開催される農談会や種苗交換会で、あるいは『果樹及穀菜便覧』という書物にまとめられ、柳川地方をはじめとする全国の篤志家に広められました。

 

 またこの試験場で特に力を入れられていたのはみかんでした。明治24年(1891)より柑橘類品評会が行われており、その品種改良に努めていました。その成果は今日「宮川みかん」としてよく知られています。

 

 このように明治期において活気に満ちていた試験場も、大正期に入ると状況が変わっていきました。全国各地に県立の農業試験場が設立され、農業政策も整えられていくようになりました。その結果、中山農事試験場の存在意義も次第に薄れていったのです。試験場としての役割を十分に果たしたと感じた寛治は、大正9年(1920)に「立花家農場」とその名を改め、商品作物の栽培に力を注ぎました。

 

(柳川市史別編『新柳川明証図会』の柳川市史調査研究員内山一幸氏執筆「中山農事試験場」を修正の上転載)

 

 

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