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日吉神社

更新日 2016年04月05日

 当社は「柳川市朝之鎮守」(『筑後地鑑』)といわれるように、古くからこの柳川で敬われていましたが、『南筑明覧』によると、伏見院の時代に近江国山王宮を社村の農長が勧進し、社村の産土神となり、その後蒲池氏が柳川城を社村に築いた際、柳川城の鎮守となったとされています。

 

 社伝によると、当社の歴史の始まりは正応3年(1290)に近江の日吉大社を勧請したのに由来するそうで、明治以前は山王宮とか山王大権現といっていました。

 

 現在日吉神社の建築空間の中心は、神の住まいである本殿の建築を奥の方に囲うように、拝殿・幣殿・本殿は軸に従って奥行深く配置されています。

 

 先ず拝殿は、向拝が3間もあるのに立ちが低くて大変親しみ易い立面をしています。かつての屋根は古絵図によると正面に向唐破風と千鳥破風を見せていた様ですが、現在は改修されて単純に葺き降ろしとなっています。木割が細く垂木もまばらで軒下の彫刻的な要素も少ないために、極めて優美な建築となっています。さらに前面の一間通りが床上ではあるものの吹き放しを形成しています。中央間のみ広いのも正面の立面を安定感あるものにしています。細部形態は江戸時代後期と時期を遅らせて考える必要がありますが、木割の細さや角柱の切面幅の大きさなどから18世紀中頃の建築と考えられます。

 

 本殿は、当筑後地方南部における本殿建築に多い、奥行の深い3間1面前室付きの平面をしており、この上に入母屋造の屋根が乗り、軒下の組物は一手先であり二重繁垂木であるので、屋根は安心感の漂う大きな屋根となっています。さらに、前方に3間の向拝が付いて、屋根はそのまま葺き降ろしになっており、側面から仰ぎ見る本殿の状況はそびえ立つといった観があり、18世紀前期の建築と考えられます。

 

 幣殿は、本殿と拝殿を繋いで古くからあると思われます。正面側の柱間が両者の建物に共に合っていなくて柱間が乱れていますが、角柱の面取り幅は拝殿と同様に大きいので古い様式で建てられていることが分かります。

 

※この文章は、柳川市史別編『新柳川明証図会』、柳川文化資料集成第4集『柳川の社寺建築1』の山本輝雄氏(前編集委員)、松岡高弘氏(編集委員)、内山一幸氏(調査研究員)の執筆部分を編集したものです。

 

 

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