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ADRESS:

柳川市立昭代第二小学校

〒832-0081

柳川市西浜武1490

TEL.0944-72-3334

FAX.0944-72-3364 

ACCESS:

西鉄柳川駅から: 

西鉄バス早津江行乗車→昭代第二小前下車(15分)→昭代第二小学校まで徒歩約1分(56m)

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特色ある取り組み

ノートコンクール

☆学期に1回ずつ(6月・10月・2月)、ノートコンクールを行い、頑張っている子どものノートを紹介しています。 

 

○ 1・2年生                                             notokonkuru12.JPG

 

 ○3・4年生

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○5・6年生 

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 ☆自主学習ノートについても 頑張っている子どものノートを紹介しています。(3~6年生)                             

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 北原白秋先生の詩の世界を調べよう

砂山の詩についてしらべる 白秋作品の日本地図中山晋平と山田耕筰の砂山の作品をくらべる

  • 砂山の詩についてしらべる
  • 白秋作品の日本地図(外国もあったよ)
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新潟での音楽会の様子

  • 新潟での音楽会の様子を劇にしたよ

 

りんりん林檎の

 

りんりん林檎の

北原白秋 作詩

 

りんりん林檎(りんご)の    木の下に

小さなお家を    建てましょか

そしたら小さな    窓あけて

窓から青空    見てましょか

りんりん林檎が    なったなら

鶫(つぐみ)もちらほら    まいりましょ

丘から丘へと    荷をつけて

商人(あきうど)なんぞも    通りましょ

りんりん林檎に    雪がふり

一夜に真白く    つもったら

それこそかわいい    煙(けむ)あげて

朝から食堂を    開きましょ

 ※『赤い鳥』大正10年12月号に所収

 

 この詩に曲をつけたのは、長村金二、宮原禎次、平井丈一朗などの方がおられるようです。

 ※参考引用)詩と音楽を愛する人のためのデータベース「日本詩人愛唱歌集」

 

やってきたお客さん

  • つぐみ 
  • あきゅうど?

色を表す言葉

  • 青空(青)  
  • 林檎(赤)  
  • 雪(白)  

 

白秋と林檎(りんご)

 白秋には、林檎を題材にした詩や歌があります。

 その中の一つを参考までに・・・

 ここにもつぐみが出てきます。

 

お掌の林檎(おててのりんご)

北原白秋 作詩

りんご、りんご、紅りんご、

林檎の小さな種子(たね)ひとつ、

お掌(てて)の畠にまきましょか。

りんご、りんご、紅りんご、

それそれ、日が照る、芽が萌える、

 見る見る木になる、葉が繁る。

りんご、りんご、紅りんご、

いよいよ、微風(そよかぜ)、花盛り、

つやつや生ります、果(み)が熟れる。

りんご、りんご、紅りんご、

 朝からつつきに来る鳥は、

 西伯利亜鶫(シベリヤつぐみ)か、黄鶲(きびたき)か。

りんご、りんご、紅りんご、

あれあれ、降ります大雪が、

 夜昼つみます、つもります。

りんご、りんご、紅りんご、

ふと見りゃ、お掌(てて)に皆消えて、

やっぱり小さな種子(たね)ひとつ。


 

【参考】この他にも、「銀座の雨」の中にも「しみじみとふる、さくさくと、かたい林檎の香のごとく」という記述もあります。

 

砂山

 白秋先生の「砂山」には、二人の作曲家が曲をつけています。

 白秋先生がはじめに依頼したのは、中山晋平さんでした。

中山 晋平

  • 1887年(明治20年)~ 1952年(昭和27年)
  • 長調で「ドミソラシド」の音階の民謡調
  • 出だしは高い。高くてきれいな音。
  • 漁り火が光るのどかな夏 

山田 耕筰

1886年(明治19年)~ 1965年(昭和40年)

  • 短調の歌曲風
  • 出だしは低い。あまり高くない。
  • くもり空に荒々しい波が寄せるさびしい冬

 

兎の電報

兎の電報

北原白秋 作詩

えっさっさ、えっさっさ、

ぴょんぴょこ兎が、えっさっさ、

郵便はいだつ、えっさっさ、

唐黍(とうきび)ばたけを、えっさっさ、

向日葵(ひまわり)垣根を、えっさっさ、

両手をふりふり、えっさっさ、

傍目(わきめ)もふらずに、えっさっさ、

「電報。」「電報。」えっさっさ。

 

 『赤い鳥』大正8年(1919)10月号に所収

 童謡集『兎の電報』(1921 アルス)に収録

 

 佐々木すぐる・成田為三・弘田龍太郎・夏目鏡子の曲があります。

 白秋音楽まつりでは、佐々木すぐると夏目鏡子の2曲を演奏しました。

 作曲者の違いによる曲のちがいも分かっていただきましたでしょうか。 

 

長村金二先生

 

長村金二先生について

北原白秋記念館

北原白秋記念館に調べたことを掲示のお願いに行きました.(平成29年度実践)

三、四年生の代表8人が、同市沖端町の北原白秋生家・記念館を訪れました。

詩聖・白秋の詩を学習した成果を模造紙八枚にまとめ、事務局長さんに手渡し、館内への掲示をお願いしました。模造紙には、楽譜を探し、市小学校白秋音楽まつりで歌った白秋作詞の「りんりん林檎(りんご)の」の紹介や、白秋の作品とつながりのある土地を日本地図に示したものなどが含まれています。

掲示していただくお礼に、ロビーで「りんりん林檎の」と「砂山」を歌いました。

北原白秋記念館に調べたことを掲示のお願いに 北原白秋記念館に調べたことを掲示のお願いに 北原白秋記念館に調べたことを掲示のお願いに

NHKの朝のニュースで紹介されました。

(以下はHPにアップされたその時の原稿)小学生が「白秋童謡マップ」

 

 詩人、北原白秋の出身地、福岡県柳川市の小学生が学校の授業で白秋の作品とゆかりがある場所を紹介した地図などを作り地元の白秋記念館に贈りました。

 福岡県柳川市の昭代第二小学校では、3年生と4年生の総合学習の授業で地元出身の北原白秋に関する学習を行っています。

 児童の代表が北原白秋記念館を訪れ、3年生と4年生合わせて60人がまとめた8つの学習の成果を贈りました。

 このうち「北原白秋の作品マップ」は、白秋が作詞した童謡や民謡などのゆかりの場所を本やインターネットで調べて地図にまとめた力作です。

 例えば童謡の「砂山」の詩には佐渡島の自然が込められ、また童謡の「この道」には北海道の景色がうたわれていることが分かるようになっています。

 このあと子どもたちは、記念館のロビーで「砂山」などを歌い、訪れた観光客を喜ばせていました。子どもたちは「白秋さんは全国各地で多くの童謡を作ったことがわかりました」と話していました。

 

3・4年生の代表10名で白秋生家・記念館を訪れました .

 

白秋の詩を学習の素材として、その成果をまとめた模造紙10枚を持参しました。

白秋音楽まつりへの参加を前に、白秋の作品(詩)から学ぶ総合学習をしました。 

白秋記念館にて 白秋記念館にて 白秋記念館にて 白秋記念館にて

  模造紙には、3年生が「子どもの村」と「かえろかえろと」から童謡の表現について、4年生が「筑後柳河」で柳川の方言について調べました。 

 「かえろかえろと」は山田耕筰の作曲作品、「子どもの村」は信時潔作曲作品、そして「筑後柳河」は曲が見つからなかったので、4年生の子どもたちがリコーダーで作曲しました。

 

信時潔先生と白秋

信時潔(Nobutoki Kiyoshi) 1887年~1965年

作曲家  東京音楽学校出身

私たちの学校の校歌作曲者である津久井昇先生の卒業写真(昭和13年度)に作曲科の先生として写っておられます。(津久井昇物語「童心を歌に寄せ」参照)

☆ 北原白秋と信時潔のコンビによる作品

  • 「海道東征」=日本の神話を題材にしたもので1940年に作曲
  • 「帰去来」=白秋のふるさとを想う気持ちの詩(昭和16年)に1948年作曲

 この他にも

 「色あかき三日月」「海雀」「をみな子よ」「かへりみ」「風のあと」「つなで」「夕焼」 など

☆ 信時先生は、白秋先生のことをどう思っていたのでしょう?

 信時先生の文章で紹介します。(子どもに分かりやすい言葉になおしています)

  1. 白秋は、最後まで「童心」をもった人であった。
    いつも新しく自由な心の眼(め)をもち、驚きと不思議がる心をもっていた人でした。
  2. 白秋は、太陽の子であった。
    美しい形や色、光や動きをいとおしく思う人でした。
  3. 白秋は耳のいい詩人だった。
     亡(な)くなる前には眼が不自由であったが、鐘(かね)の音、水車の音などばかりでなく、心の耳は霜(しも)の音、光の音まで感じることができたのでした。
  4. 白秋は、詩をつくるとき、言葉のリズムを考える人だった。
    言葉に命をふきこみ、方言を使うときも気品あるものへと高めることのできる人でした。そして、言葉のアクセントにまで深く考えを持っている人でした。

 

 出典)信時 潔「北原白秋 ~詩人としての白秋~」(多磨29巻3号) 

    白秋の死後、追悼の言葉として発表されました。

    ※この文献は、北原白秋生家・記念館の提供を受けました。

 

筑後柳河

筑後柳河

北原白秋 作詩

1

  筑後、柳河、

  柳に燕(ツバサ)、

  水にゃ鳰鳥(ケイツグリ)、

  かきつばた。

   「鳰鳥の頭に火んちいた、

    潜(す)んだと思ったら、けえ消えた。

    よか、よか。」

2

  筑後、柳河、

  阿蘭陀(オランダ)なまり、

  街は朱欒(ザボン)の

  花盛り。

   「祇園守(ぎおんまもり)は殿の紋、

    御紋は十字架(クルス)の花づくし。

    よか、よか。」

5

  筑後、沖ノ端(おきのはた)、

  水天宮の祭、

  潟にゃ不知火(しらぬひ)

  六騎舟(ロッキュぶね)。

   「トンカジョンにチンカジョンに、よかオンゴ、         

    アゲマキ、ムツゴロ、青メカジャ、

    よか、よか。」 


脚注)民謡集『日本の笛』大正11年刊

   本編は、1~6節までありますが、教育的配慮から1と2と5節を取り上げました。

 

 歌の場合は、作曲の都合上で、次のように変更しています。

  1. 各節の初めの「筑後、柳河」「筑後、沖ノ端」の部分は、繰り返します。
  2. 「よか、よか」の前に、「あ~あ」を挿入し、「あ~あ、よかよか」 となります。

 補曲と伴奏譜は、本校卒業生の待鳥和歌子先生にお願いしました。

 

子どもたちの解釈です。

 

 1 ちくごの国、柳河のことです。

      (現在は「柳川」となっていますが、白秋のころは、「柳河」をつかっていたようです。

       「私の郷里柳河は水郷である。」と思い出に書かれています。)

    柳の木が多く、その間をツバメが飛び交います。

    水辺には、カイツブリ(鳰)が泳ぎ、カキツバタ(アヤメ科)の花も咲いています。

    頭の赤い毛が特徴のカイツブリが水に潜ると、赤い火が消えたように見えるのです。

    いいねえ。いいねえ。

  2 筑後の柳河です。

    オランダなまりの言葉も特徴です。

     (オランダ語を元にする言葉は、身近にたくさんあることが分かりました。)

    街にはザボンの花が咲いて、香りが広がっています。

     (ザボンは、ミカン科でポルトガル語からきているようです。

      初夏に白い花や花序をつけます。)

    お殿様の紋は、祇園守です。

    その紋には、クルス(十字架)が見えるようです。

     (殿さまの屋敷である立花家史料館にお手紙をだして聞いたところ、

      家紋はキリスト教には関係がないとのことでした。

      「白秋さんは祇園守を見て、花が咲いたように見えたのでしょう」と

     の回答をいただきました。) 

    いいねえ、いいねえ。

  5 筑後の沖ノ端、白秋先生のふるさとです。

    水天宮のお祭りが有名です。

    有明海の潟には、夜になると不知火をみることができます。

     (これは、漁船の漁り火(いさりび)の蜃気楼だという話もあります。)

    上の大きなお兄さん、下の小さな弟、素敵な女の子、

     ここから、有明海の名物がならびます。

     アゲマキ=干潟にいる二枚貝

     ムツゴロ=ムツゴロウ、干潟の魚、オスは飛び跳ねる。

     青メカジャ=ミドリシャミセンガイという腕足類、生きた化石ともいわれる。

    いいねえ、いいねえ。

 

 ◇白秋先生は、どのように考えて「筑後柳河」の詩を書いたのだろう。

(子どもたちの考え)

      ○ 自分が住んでいた柳河を思い出して書いたのだろう。(有明海の生き物が出てくるから)

      ○ 柳河で見たことをそのままあらわした。(水辺のけしき、出来事(祭)、特徴など)

      ○ 沖ノ端で育ってきたことを思い出して。

      ○ 柳河の方言を知ってもらいたくて、方言を使って欲しい。知って欲しいから。

 

資料

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