地域おこし協力隊奮闘記とは…
地域外で生活する人の視点で、柳川の新たな魅力を掘り起こす「地域おこし協力隊員」。九州外からやってきた隊員たちの日々の活動や、柳川の魅力などをブログ形式でお届けします。

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どろつくどん最高です!
2015年10月26日 14時34分

みなさん、こんにちは。柳川市地域おこし協力隊員の阿部です。

 

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 柳川に移住して早1年、今年は念願の「どろつくどん」に参加しました。しかし、聞くところによると、柳川市民でも、詳しく知らない方がいらっしゃるとか。そこで、今回はあえて、基本的なことを紹介する感じで記事を書かせていただきます。

 

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 「どろつくどん」っていったい何だ?って思いますよね。答えは、柳川の三柱神社で開催される秋の大祭「おにぎえ」で活躍する囃子山車のことで、福岡県の無形民俗文化財に指定されています。ちなみに祭りの名称である「おにぎえ」は、とてもたくさんの人がやってきて「大にぎわい」というところからだと言われています。


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 三柱神社は、「西国一の強者」と称された百戦錬磨の武将、初代柳川藩主の立花宗茂公と、その岳父である戸次道雪公、そして、宗茂室の誾千代姫の三神を祀ったことから、三柱神社と称します。ご存じの方も多いと思いますが、宗茂公は、関ヶ原の戦いで西軍(豊臣方)についたことから、一度、改易されますが、その武勲が惜しまれて再び柳川の大名として復活します。改易後に旧領に復帰したのは、日本では宗茂公ただ一人です。それにちなんで、現在では、必勝・就職・再就職・復活の社として、遠方を問わず多くの方に崇敬されているそうです。詳しくは三柱神社のホームページをご覧ください。

国指定名勝 水郷柳河 三柱神社 http://www13.plala.or.jp/mihashirajinja/(外部サイトにリンク)

 

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 天明三年(1783)、7代藩主の立花鑑通公によって建立された三柱神社ですが、文政9年(1826)に、現在の場所に移されます。一説には、馬事訓練場を設けるためとも言われており、今でも参道は直線で300メートルの長さを誇り、毎年3月末に境内で「流鏑馬(やぶさめ)」が催されます。

 

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 この三柱神社で華麗に展開される「どろつくどん」ですが、その起源には面白いエピソードがあります。それまでは城内に神社があり、町人たちが参詣するのは非常に面倒でした。そのため城外に移転することを喜んだ町人たちは、基礎工事の時に、女衆をたくさん揃えて三味太鼓を鳴らして興を添えました。ところが、保加町の問屋街はこれに加わらなかったため、周囲から不評を買います。頭を痛めた保加町の人たちは、密かに江戸の神田囃子を習い、京都の山鉾を参考にして山車を造り、遷座式当日にこれを押し立てて参拝、汚名をすすぐことに成功しました。これが現在の「どろつくどん」のはじまりです。「どろつくどん」という呼び方は、お囃子の音からと言われていますが、定かではありません。

 

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 車の中央に芯棒である山鉾を立て、その最上部には御幣を飾って五穀豊穣を祈願します。下部は4本柱を立てた周囲を幕で引き回した素朴な造りとなっています。そこに舞台を造り、大太鼓、小太鼓、横笛、ドラ、スリガネの5楽器によるお囃子が奏でられる中、踊り手が舞台から身を乗り出すようにして舞を踊ります。踊り手は、中学生や高校生が中心で、中には小学生もいるとのこと。いやはや見事な舞に脱帽です。山車が動いている中、身を乗り出して踊るので、落ちないための用心に、実は後ろから腰のあたりをつかんで支えているんですよ。

 

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 舞は能に由来するもので、人間の心にある喜怒哀楽を、最小限度の動きで表現します。面は、古事記に現れる神々を表しているものが中心で、天狗面は猿田彦神、お多福面は天宇受売命(あめのうずめのみこと)、般若面は須佐之男命(すさのおのみこと)ですが、踊り手の若者に尋ねると、もっとも人気があるのは猿面だそうです。

 

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 神の使いである猿と狐が舞でも登場するのですが、そのうちの猿は、滑稽な動きが見せ所で、場合によっては山車を降りて観客のところまで行ってしまうこともあるほど。そのユーモラスな動きは観客に大いに受けるので、踊り手側の人気も高いようです。

 

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 祭り当日の華やかさもさることながら、私が感動したのは、祭りに向けての準備段階です。移住したら絶対にその土地の祭りに参加しよう!と思っていたのですが、知人の紹介で今年から京町三丁目の山車を引かせていただくことになりました。通称「京三」です。案内されて金剛院さんに着くと、おにぎえを明日に控えて最後の練習中でした。踊り手の若者に対して、ベテランの方々から厳しく、そして温かい指導がされています。

 

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 素晴らしいと思ったのは、指導を受けている若い人たちに「やらされている感」がまったくないこと。逆に、地元の祭りで自分が担う役に誇りを持っている!それが顔にはっきりと出ているではないですか。祭りというハレの舞台がそうさせるのかもしれませんが、自然と三世代での交流ができている。これには感動しました。また、私のような移住者も、祭りという舞台を通じて地元のコミュニティに溶け込むことができる。うん、祭りって最高ですね!!

 

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 祭りの準備は踊りやお囃子の練習だけではありません。なんとあの山車を組み立てるところから始まるのです。大きな車輪は松の木で作られているのですが、乾燥して亀裂が入らないように、普段は堀割の水に沈めて保管してあるんですよ。祭りが近づくと、それを堀から取り出して山車を組み上げていくんです。水の中に保管するなんて、水郷柳河らしい知恵ですね。

 

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 これが車輪を山車に取り付けたところなのですが、ご覧の通り、車輪の向きは固定されていて、自動車の前輪のように、曲がる方向に向かって動くことはありません。でも、山車を引くときに曲がらないはずはありませんよね。では、どうやって角を曲がるのでしょうか?

 

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 そうです!小学校の理科で習った「てこの原理」を使うんです。山車には、前後にはみ出すほど長い棒が付いていて、前ではこれを引きながら方向の調整をして、後ろではこれを押して山車を前に進めます。そして、曲がりたいところに来たところで「乗れ!」の声がかかります。後ろの人間はすばやくこの棒や山車の後部に飛び乗り、自分の体重を山車に預けます。すると、山車の重心が後ろに傾き、前の人たちが容易に(でもないけど)前部を持ち上げられる状態になります。つまりは、後輪だけで立ち上がる、バイクのウィリー走行のような状態になるわけです。そして、後輪を回転軸として左右に山車を回すわけです。舗装道路の場合はいいのですが、砂利などだと回転したときに後輪の部分の地面が掘れてしまい、次に前進するときがとてもきついんです。でも、それが祭りの醍醐味というものですよね。

 

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 山車を引いていてきついのは、もう一つ。三柱神社境内入口にかかる太鼓橋を渡るときです。柳川は高低差のほとんどない土地なので、街中を引くときはそれほど大変ではない(こともないけど)ですが、この橋だけは別です。しかも、祭りのもっとも盛り上がる場所だけに見物客も多く、ここを格好良く渡ることが、その山車のプライドでもあるんです。だから、橋を降りてきた後も勇壮な姿を見せたいので、先棒の人たちは思いっきり「がぶり」ます。がぶるというのは、山車の前を左右に大きく揺さぶることです。後ろでは、その暴れる山車をひたすら前に押し出します。泣きたくなるほどきついけど、身体が熱くなるほどカッコイイ瞬間です。

 

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 その勇壮さから、以前は女性がどろつくどんの山車を引くことは許されませんでした。また、違う町の人間が山車を引くことも許されませんでした。山車は町の誇りが形になったようなものだったのでしょう。今でも、祭りのためだけに柳川に戻ってくる人が少なくありません。しかし、残念ながら、人口の減少とともに山車の数も減り、以前は20はあったと言われている山車は、現在では5つを数えるのみです。そのうちの一つ「飛龍」は、このどろつくどんを後世に伝えたいという熱意を持った人たちによって、町という垣根、男女という垣根を越えて始められた新しい柳川の伝統です。祭りの中日の夜、その5つの山車が一カ所に集まって行われた競演会は、多くの人の心に、柳川の古き良き伝統をしっかりと刻み込んでいました。

 

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 日程の関係から、今年は3日間の開催となったおにぎえ。最終日は、柳川新市制10周年と「水郷柳河」名勝指定を記念した特別イベントとして「水郷柳河おもてなしお堀めぐり」が開催されました。おにぎえを見て、それから、どんこ舟に乗って川下りを楽しみ、最後は仲秋の夜空を彩る花火で締めくくるという催しに、なんと1000名を軽く超える観光客が柳川を訪れました。

 

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 福岡県有数の観光地である柳川。もちろんこうした大きなイベントで盛り上がるのも良いことなのですが、私個人としては、何気ない日常のゆったりと流れる暮らしが最高に好きです。速くなく、かといって止まるのでもなく、ただただゆっくりと流れ続ける柳川の水は、私たち人間の生を如実に表している気がしてなりません。そんな柳川での暮らし、最高です!

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