皆さん、こんにちは。
柳川古文書館館長の田渕義樹です。
コロナ感染症拡大防止のため、緊急事態宣言が出されていた当時、不要不急の外出を控えるため、全国の博物館・美術館は休業の対象となりました。博物館に勤めている身としては、博物館が「不要不急」と言われるのは、すこし心外でした。
柳川古文書館は、開館から今年で35年。その間に、20万点にも及ぶ、柳川に残された、また柳川に関する古文書・書籍・書画・刀剣・甲冑などの文化財を収集してきました。これらは、柳川の歴史や文化を語る上でなくてはならないものです。
当館は、県の指定を受けて市が管理している公立の施設です。その活動は、目先の数年ではなく、100年、1000年先を見据えた、地道で着実なものでなくてはいけません。ですから今回の騒動で決して揺らぐわけにはいきませんし、揺らぐことはありません(不揺)。
もちろん、長い年月の間には、職員や建物、場所はもとより、もしかしたら名称まで変わってしまうかもしれません。しかし収集した文化財は、決して朽ちることはありません(不朽)。
ですから、柳川古文書館は「不要不急(ふようふきゅう)」ではなく「不揺不朽(ふようふきゅう)」の施設です。おそらく全国の博物館に関わる方々は、自分の館を、皆、そう思い、そうありたいと願っていると思います。
当館は2月末から5月にかけて休館していましたが、休館中といっても、活動を休止していた訳ではありません。未整理の古文書の整理、文化財の修理指導、また再開後の企画展・特別展の準備などを行っていました。今回は、このうちの2つを紹介したいと思います。
<不揺>柳川再封400年記念特別展「復活の大名 立花宗茂」を開催中
今年、2020年は、関ヶ原の戦い(1600年)後に柳川から離れた立花宗茂が、再び柳川城主として復活した元和6(1620)年から400目の節目の年にあたり、12月4日から2月7日まで特別展を、立花家史料館と合同で開催しています。
今回の特別展の目玉は、立花宗茂の肖像画と島原の乱を描いた島原御陣図です。
【左】立花宗茂像(センチュリー文化財団所蔵・慶應義塾大学附属研究所斯道文庫管理)
【右】「島原御陣図」(伝習館文庫)
肖像画は、当館と立花家史料館でそれぞれ展示していますが、柳川古文書館で展示しています立花宗茂像(センチュリー文化財団所蔵・慶應義塾大学附属研究所斯道文庫管理)は、晩年の宗茂の姿を描いたもので、他の肖像画とは違った姿となっています。今回、この様な状況であるにも関わらず、お貸し頂きました。
また、数ある島原の乱を描いた絵図のなかでも、もっとも正確なものとして知られる、「島原御陣図」(伝習館文庫)も展示しています。コロナ禍ではございますが、マスクなど感染対策をしていただき、ぜひ、両館にご来館ください。
<不朽>3年に及んだ国重要文化財「鷹尾神社大宮司家文書(鷹尾家所蔵分)」の修理が完了
柳川古文書館は、国重要文化財3件を管理しています。大友家文書(立花財団所蔵)に立花家文書(立花財団所蔵・福岡県所蔵)、そして鷹尾神社大宮司家文書(鷹尾神社所蔵・鷹尾家所蔵)です。
この「鷹尾神社大宮司家文書」のうち、鷹尾家所蔵分は、鎌倉時代~室町時代の古文書の傷みが特に激しく、3年前から、九州国立博物館内の文化財保存修復施設に場所を移して、修理作業を行ってきましたが、今年度末での修理完了のめどが立ちました。
数十通の古文書を修理していますが、その中から、今回は、樋口宮仮殿神事酒肴等注文の修理前と修理後の写真を紹介します。
【左】 修理前【右】修理後
ご覧いただければお分かりのとおり、冒頭一行目、ほとんどわからなかった文字がきれいに現れています。修理の前提として、きちんと洗浄していますので、シミの色が薄くなっていることもお分かりになると思います。
この修理によって、今後100年以上、この状態で伝えていけることになりました。状態が悪く、なかなか展示することが出来なかった古文書も、展示公開できます。地元で公開できる日を、今しばらくお待ち下さい。
今後とも、柳川古文書館をよろしくお願いいたします。
追記 柳川古文書館と公益財団法人立花財団 立花家史料館とは、公立と財団という立場の違いを超え、一心同体で活動してきました。今回の特別展もその活動の一環です。これからも柳川古文書館と立花家史料館は、力を合わせて、柳川の宝である文化財を守っていきます。両館の活動にご理解・ご協力・ご支援をお願いします。